最高裁判所第二小法廷 昭和52年(オ)300号 判決 1980年3月14日
新世乳業株式会社破産管財人
上告人
長谷部茂吉
右訴訟代理人
春田政義
被上告人
畜産振興事業団
右代表者理事長
太田康二
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人春田政義の上告理由について
本件において、原審が適法に確定したところによれば、破産者新世乳業株式会社(以下「破産会社」という。)は、さきに被上告人事業団に一二四口総額一二四〇万円の出資をし、被上告人事業団によつて一億二五〇〇万円の債務の保証を受けたものの、その弁済をすることができなかつたため、被上告人事業団が破産会社に代わつて一億〇六九九万余円を弁済し、被上告人事業団は、破産会社に対し、同額の求償債権を取得したが、その後、破産会社は、経営不振のため会社更生手続開始決定を、続いて昭和四七年二月二九日、破産宣告を受け、右手続中、債権の一部の切捨て等の結果、結局、被上告人事業団は、現在、破産会社に対し、一七二三万二五七二円の破産債権である求償債権を有するところ、破産会社は、本件持分を訴外三協乳業株式会社に対して譲渡する旨の合意が成立したので、その譲渡について被上告人事業団の承認を求めたが、同被上告人事業団がこれを拒否したものであり、右譲渡に際して三協乳業株式会社は、右求償債務の引受けをしたことはないというのである。そして、このような事実関係のもとで、原審が、被上告人事業団は、本件持分の譲渡について承認を与える義務を負うものではなく、その不承認は承認権の濫用とならないと判断したことは正当として是認することができる。けだし、持分の譲受人は譲渡人の権利義務を承継するのであるが(畜産物の価格安定等に関する法律二一条三項)、この義務のなかには譲渡人の負担している求償債務を含むものではないと解されるのであり、このように、持分の譲渡に伴つて求償債務が譲受人に当然に承継されない以上、被上告人事業団が、関係者による求償債務の弁済、確実な求償債務の引受け又は担保の提供を受けない限り、持分譲渡の承認を拒むことは、事業団運営の経済的基礎を確実ならしめるために相当な措置であるからである。そして、このことは、出資者が破産宣告を受けた場合であつても、別異に解すべき理由はない。論旨はひつきよう独自の見解であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼)
上告代理人春田政義の上告理由
第一点 原判決には、畜産物の価格安定等に関する法律(以下、法という)第二一条の解釈を誤つた違法がある。
一、原判決は、被上告人が非営利特殊法人であつて、その資本金は各勘定毎に別途経理処理されているが、債務保証勘定におけるそれは、政府と乳業者等の出資によつてまかなわれ、その収入は出資金の利息と保証料に過ぎないので、被上告人の出資金を充実し、これを確保することは被上告人存立の基礎である旨、および、法第一九条は右の趣旨を明らかにして出資にかかる資本金を充実し固定化させるべきことを企図しているものである旨を判示したうえ、法は、このように出資者に持分の払いもどしを認めず、従つて脱退の自由を認めていないのであるが、その代替的機能を果たす制度として出資持分の譲渡の制度を用意し(第二〇条)、右譲渡を被上告人の承認にかからしめている(第二一条)のであり、法のかかる態度は、法の右趣旨、即ち資本金充実の原則ともいうべきものを持するためにほかならないから、被上告人が出資持分の譲渡について承認をするか否かは、譲受人の資格の有無の審査は当然として、さらに当該譲渡が右資本金充実の原則にもとらないか否かによつて決すべきであると解するのが相当である旨判断している。しかし、法第一九条が資本金充実の原則を明らかにしているとの原判決の判断はともかくとして、法第二一条の承認が右資本金充実の原則にもとらないか否かによつて決すべきであるとする原判決の判断は誤りというほかはない。
二、上告人は被上告人に対し出資持分の譲渡を請求しているのであつて、出資持分の払いもどしを請求しているのではない。従つて、被上告人が本件譲渡を承認したとしても、出資額である資本には何らの影響もないのであつて、これによつて資本金充実の原則が害されるなどということは全くないのである。このことは、株式の譲渡によつては、株式会社の資産に何らの影響がないのと全く同様である。
即ち、株式の譲渡が資本金充実の原則に関係がないのと同様に、出資持分の譲渡は被上告人の資本充実の原則には何らかかわりはないのである。
資本金充実の原則とは、これを被上告人についていえば、出資額に見合う積極財産を保有すべきであるという原則をいい、事業の経営に伴う損失を許さないとする原則ではない。いやしくも事業を経営する以上、時に損失を生ずることのあるのはやむを得ないのであつて、資本金充実の原則を固守する株式会社法においてさえ、かかる損失の生ずることを禁止してはいないのであり、被上告人の場合においても全く同様である。被上告人が出資者の債務を保証した後、債務者が破産した場合には、保証債務を負担したため損失を生ずることもあるのであつて、かかる場合の損失の発生は不可避的なものであり、資本金充実の原則とは何らかかわりのないものなのである。もとより、かかる損失の生じた場合、被上告人は出資金に対する利息、保証料等の収益によつて、できるだけ出資額に見合う積極財産の保有に務めなければならない。しかし、原判決のいう資本金充実の原則はそれだけのものである。被上告人は株式会社と異なり出資者に対する利益配当の義務はないから、損失補填の後でなければ利益配当をすることができないというような問題はなく、出資の払もどし請求権も認められていないから、出資に見合う積極財産を保有すべき原則があるとしても、それは、できるだけ損失を収入によつて補填すべきであるという事実上の指標に過ぎず、法律上の原則ではないのである。従つて、このような原則によつて譲渡承認の許否が決せられるべき理由は全くない。
被上告人が主張し原判決も認定する資本金充実の原則は、いわば損失回避の原則とでもいうべきものであるが、被上告人の債務保証勘定における収入は、原判決の認定するように出資金の利息と保証料(年0.73パーセント)に過ぎないとしても、被上告人は破産会社に対する求償債権のうち更生計画によつて切捨債権となつた四九、二三四、二三九円の損失(第一審判決添付の準備書面(第一)第二葉裏第一行目)を既に収入によつて補填し得ているのみならず、昭和五〇年事業年度決算においては、求償権償却引当金として一八、二五四、八三五円の引当金を計上し得ているのであるから(甲第五号証)、仮に破産会社に対する求償債権残額一七、二三二、五七二円が回収できなかつたとしても、その損失は収入によつて容易に補填できるものと解されるのであつて、被上告人の主張し原判決も認定する資本金充実の原則はいわばこのような損失はなるべく回避したいというに過ぎない。しかして、非営利特殊法人であつても、事業の推移如何によつては損失を生ずることを避け難いことは前述したとおりであるから、被上告人が非営利特殊法人であるの故をもつて、このような原則によつて承認の許否を決すべきであるとする理由も全くないのである。
三、被上告人が破産会社に対し現在なお一七、二三二、五七二円の未回収の求償債権を有する以上、本件譲渡を承認することは資本金充実の原則にもとり許されないとする原判決の判断が誤りであることは、原判決の結果生ずるその後の両者の法律関係を検討してみればいつそう明白である。
本件破産財団の現状が会社更生法第二四条によつて財団債権とされる更生手続開始後に生じた共益債権に対しても全額の弁済ができないものであること、および、現在では本件破産財団には本件出資持分を除いて他に換価すべきものが全く存しないことは甲第四号証によつて明白である。従つて、若し本件出資持分の譲渡が得られないものであれば、破産財団としては、右出資持分は換価不能なものとして他の回収金をもつて財団債権者に対する最後の弁済をしたうえ、最終的には財団不足による破産廃止とならざるを得ず、同決定によつて破産会社は消滅することになるのである。
一方、被上告人の破産会社に対する求償債権は、破産会社が破産廃止決定によつて消滅した後もそのまま存続し、被上告人の財務諸表の上では被上告人が解散するまで固定資産として積極財産の部に計上されることになるのであるが被上告人の求償債権は一般更生債権として単なる破産債権に過ぎないものであるから、仮に本件出資持分の実体が被上告人の主張するように被上告人が解散した場合の残余財産分配請求権であるとしても、そのような残余財産分配請求権は破産宣告後の将来の立法によつて始めて生ずるものであるから、被上告人が破産債権である求償債権と破産会社に対する残余財産分配債務とを相殺できるはずはなく(破産法第九八条)、相殺権の対象にさえなり得ないのである。従つて、仮に被上告人が解散時まで承認を与えなかつたとしても、被上告人は結局破産会社に残余財産を分配し、これを財団債権である共益債権の弁済に充てざるを得ないものであつて、被上告人が共益債権に優先して求償債権を回収する途は全くないのである。
このように、原判決の見解は、資本金充実の原則にもとるからといつて本件承認を拒否しながら、その結果、被上告人に対しては、全く回収の途のない消滅法人に対する求償債権を積極資産として計上することを法律上も容認するものであつて、それこそ資本金充実の原則に反するものというべきであり、自己矛盾も甚だしいものというべきである。
四、右によつて明らかなように、原判決の法第二一条の解釈は誤りであり、同条は被上告人において承認を拒否するに足りる合理的理由のない限り承認を与えなければならない規定と解すべきである。
そうであるとすれば、被上告人の求償債権が単なる破産債権に過ぎず、仮に被上告人が解散となつたとしても、被上告人の破産債権と残余財産分配債務とを相殺することはできず、被上告人の求償債権を財団債権である共益債権に優先して回収する途のないことは前述したところによつて極めて明白であるから、被上告人に本件承認を拒否する合理的理由はなく、被上告人は上告人に対し本件譲渡を承認する法律上の義務があるものといわなければならない。
第一審判決は、結果は正当であるが、その理由づけを誤つた。原判決は、第一審判決の理由の誤りを訂正するのあまり結果まで誤つた。その理由は、被上告人に未回収の求償債権があるにも拘わらず、上告人が出資持分の譲渡承認を請求するのは心情的に許せないというにあるものと解されるが、本件は財団債権と破産債権の争いであつて、破産債権同志の争いではない。相殺権もない単なる破産債権が財団債権に対して優先できないことは破産法上当然のことである。出資持分について被上告人がこれを取得することも質権の目的とすることも禁止し(第一九条)、持分に担保的機能を営ませることを認めていない法の建前からすれば被上告人の破産債権が財団債権に優先する途は全くないものであり、被上告人に本件承認を拒否する合理的理由のないことは極めて明白である。
五、原判決は、法第三八条第一項第五号によつて被上告人の行う債務保証は出資者に対して行うものとされているので、保証関係およびこれに基づく求償関係が継続している間も、出資者であることが当然に要請されているというべきであり、債務保証を受け、或は、求償債務を負担する出資者が持分譲渡により出資者たる地位を離れることを許すとすれば、それは、恰かも被上告人が出資者でない者に対して債務を保証することに均しい結果となり、そもそも事業団の目的に反するといえるばかりでなく、資本金充実の原則は全く没却されてしまう旨判示している。しかし、原判決のこのような判断は全く皮相な見解であつて、到底是認できるものではない。
資本金充実の原則が本件について全く問題とならないものであることは、前述したところによつて明白である。原判決は、保証関係とこれに基づく求償関係とを全く同一視するものであるが、法第三八条第一項第五号について原判決の述べるところは、保証関係にある債務者には妥当し得ても、求償関係にある債務者が破産した場合にまで妥当し得るものではない。法が、出資者破産という異常事態の生じたときは、破産法の規定によつてこれを処理すべく、これに関して何らの特別規定を設けていないことは明白であるからである(第一審証人古谷裕の供述参照)。
しかして、破産は本来すべての契約関係の終了原因であるから、被上告人の破産会社に対する求償債権も破産による清算には服さなければならない。破産という異常事態の下では、その清算の過程で、本件出資持分の譲渡により、被上告人に一時出資者でない破産会社に対する求償債権が残つたとしても、破産会社は結局破産の終了によつて消滅することになるのであるから、被上告人が一時出資者でない破産会社に対して求償債権を有する状態は、破産清算による一時的現象に過ぎず、それが法の趣旨に反することは全くないのである。従つて、これに反する原判決の見解は到底是認できないものといわなければならない。
第二点 原判決には、権利濫用の法理の解釈を誤つた違法がある。
原判決は、本件譲渡承認を拒否することは承認権の乱用であるとの上告人の主張に対し、出資者が、破産の宣告を受け破産手続が続行中であることをもつて、法第二一条に関する前記原判決の判断を変更すべき合理的理由を見出し得ないから、上告人の主張は採用の限りでない旨判断しているのであるが、原判決のこのような判断は権利濫用の法理を全く弁えないものといわなければならない。
前述のように、被上告人の求償債権は破産債権であつて財団債権である共益債権に優先することはできず、仮に被上告人が解散時まで承認を与えなかつたとしても、被上告人は結局破産会社に残余財産を分配し、財団債権の弁済に充てざるを得ないものであり、被上告人は本件承認を拒否することによつて求償債権を回収する途はないのであるから、被上告人が本件承認を拒否することによつて実質的利益を受けることは全くないのである。これに反して、本件出資持分は破産債権に優先する財団債権の弁済に充てるためには正に換価価値を有するのであるが、被上告人の承認拒否によつてこれを換価することができず、その換価は徒らに被上告人の解散時まで引き延ばされることになるのであるから、被上告人が何らの実質的利益を有しないにも拘わらず本件承認を拒否することは、破産による清算を妨げるものであつて、承認権の濫用に当ることは明白であり、到底許されるべきではないのである。
なるほど、破産法には、破産廃止決定後においても配当に充つべき相当の財産があるに至つたときは裁判所の許可を得て追加配当をなすべき旨の規定は存する(破産法第二八三条)。しかし、同条は、そもそも、破産管財人の予期しない財産が発見された場合の規定であつて、破産管財人に当初から判明している一、二四〇万円もの資産の換価を遅らせることを容認する規定ではない。また、仮に本件について同条の準用を考えるとしても、その場合、破産管財人の任務は、破産廃止決定があつても被上告人の解散に至るまでは実質的に終了しないことになるのであるが、被上告人の解散などということは何時実現するかも不明であるから、解散の時期によつては、残余財産の分配を受け得る状態になつたとしても、果して正常な形で財団債権に対する追加の弁済をなし得るか否かも分らないのであつて、破産による正常な清算を妨げることは明白といわなければならないのである。